2013年08月17日

大坂御用2013



2013年8月16日。
ちょうど、京都上洛御用サミットから1ヶ月後の日である。
今回は私の地元大阪での御用で、計6か所の聖域を巡って来た。

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前回(2011年)の大坂御用の記事を封印解除した。

安倍晴明vs鬼将軍
大阪市内「聖ライン」封印解除記


2年前にも大阪の御用を行ったが、今回は前日の夜にふと思いついた天流れで、
発想即行動として御用を行い、おそらく初めて友人を同伴しての御用となった。

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さきほど「ちょうど、京都上洛御用サミットから1ヶ月後の日」と書いたが、
実はこれに気づいたのはついさっきで、前日の夜にそうだ御用しようと思いついて、
帰って来てブログを書こうと思って、気づいた時には驚きを隠せなかった(笑)
発想即行動、天流れ、シンクロと言うがまさにその類いである。
全く意識せずに行っていたが、あれからもう1ヶ月かと言う驚きも隠せない。


10:59。
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本当は8時に起きるつもりだったが、気がつけば10時半で大寝坊をしてしまった(笑)
11時に難波に集合する予定だったので友人に、
ごめんー超寝坊した(笑)12時からでもいけるかな?」と侘びのLINEを送った(笑)


最寄り駅。
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しかし、思ったより速く11時半に難波に着いた。
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難波は家から30分かかるが、もはや庭の様な場所である(笑)
駅からすぐ近くのソフマップと言う、よく行くパソコン用品専門店に向かった。
そこで、私のパソコンのキーボードの防水シートが破れたので買い替えた。
実はこれで本来の用事は終了である(笑)当初はこの用事のついでに色々と巡ろうと思っていた。
今日の用事はもう済んだが、御用はまだである。


なんばグランド花月の前に芸人がいて、ギャラリーが集まる。いかにも大阪である。
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パチンコの変なオッサンの像(笑)
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千日前線。
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御堂筋。
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道頓堀川。
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第一御用スポットがあるアメ村に向かった。


@『御津八幡宮 石宮龍王』(みつはちまんぐう いしのみやりゅうおう)12:42。
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この神社は前日の夜に総裁に秘密通信で、
総裁!明日、難波のソフマップに買い物に行くついでに、
また大阪の御用をしようと思っています♪(´ε` ) 何かオススメのスポットは御座いますか?^^

と尋ねて、アドバイスを頂き御用のメインスポットとした場所である。

実は2012年7月に閣下も御降臨された場所である。
http://kemono666.seesaa.net/article/283772958.html


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コンクリート造りの本殿。
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と言う事は、座り込むヤンキーでも居るのだろう(笑)
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神輿。
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御神体の鏡。
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ペットの絵馬。
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実は御津八幡宮でもこれがメインである。
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「石宮龍王」
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英語にしたらストーンパレス・ドラゴンキングである(笑)
この石宮龍王はここだけではなく、実は総裁の御実家の庭園にもあるようで、
総裁家の守り神でありラスボスらしい。

閣下のブログ「越楠庭園 in 大阪」
http://kemono666.seesaa.net/article/283772958.html

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京都の伏見稲荷大社の石宮大神の分け御魂とされている神社で、
祭神は応神天皇・仲哀天皇・比淘蜷_。
今から1200年前に建てられたらしい。
大阪のほとんどは昔は海で、ここらはギリ陸地で海岸だったらしく、
難波宮の港があり、中国に行くのにもここが出港地だったらしい。

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総裁の解釈によれば、石宮龍王を祀る石宮大神の本質は、
石宮=石の大工=イシヤ=フリーメーソンであり、
石宮大神の神紋は三つ鱗といい、まさにピラミッドの形をしており、
石宮大神の別名は眼力社で、眼の神らしく、
すなわち、フリーメーソンのピラミッドに目が完成するらしい。

極論から言うと、現在のメーソンとは違う、
秦氏との繋がりを持つ古代メーソンを祀る社殿と言う事である。
更に大神=オオカミ(犬)となりレビ族とも繋がる。


神鏡。
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身近すぎて気づかないが、考えれば日本の神社を探れば、
日本史に隠された謎を解く大きな手がかりとなりそうである。
コジツケに見えるが、実は直感による解釈や推論の方が的を得ていたりして、
我々の歴史探究は頭で考える事より、実際に身体で感じ取ったものの方が大きい。
ヒントは意外と分かりやすい形で示されている。


三角公園。
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アメ村の様々なショップを出入りしては、グラサンを探し求めた。
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どこかのヴィジュアル系バンドの衣装が展示されていた。
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念願のグラサンを購入した(笑)
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以前使っていた白いグラサンはいつの間にか紛失していて、
実は京都サミットの前にも買おうと思っていたが忘れていて、
今回はやっと念願も叶い、似合っているかはさておき比較的安価で買えたので良かった(笑)


帰りにもう一度立ち寄り、石宮龍王の前で記念撮影した(笑)
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御堂筋。
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道頓堀。
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当初は御用のついでに友人と軽く遊んで終って、
この後はハードな御用なのでそのまま解散するつもりだったが、
友人は家に帰っても退屈で暇なだけらしいので、私の御用に付き添う事となった。


電車で天下茶屋に降臨した。
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ここからは2年前の大阪御用でのスポットを辿るコースである。
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暑さで倒れられると困るので、閣下から拝借した扇子を貸して仰がせていた(笑)
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チン電の路線。
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どことなく昭和っぽい雰囲気が残る。
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陽の当たる坂道。
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途中の道でとある小学校があった。
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ここは総裁の出身校らしい。
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そう言えば2年前の御用もここを通っていた事を忘れていた(笑)
このように、総裁と安倍晴明とは深い繋がりがあり、血縁的にも繋がっているらしい。
確認はしてないがここには、総裁家の寄贈で総裁家の名が刻まれた馬の像や石の塀があるらしい。
この小学校は明治初期に建てられ、阿倍野区の校区では最も古い。


チン電の路線パート2。
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A『阿部王子神社』(あべおうじじんじゃ)15:03
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二度目の降臨となる。
標石には安倍晴明神社と書かれてあるがウソである(笑)
性格に言えばここは、阿部王子神社であり、
安倍晴明神社はここから離れた場所にある。


百度石に座る将軍。鳥居、傾きすぎである(笑)
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ここは、熊野神社の分霊社である九十九王子の一つとされており、
九十九とは皇子を暗示する言葉で、晴明は裏天皇の息子だった可能性がある。

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安倍晴明とは言わずと知れた、平安時代の陰陽師だが謎の多い人物である。
この一体は晴明の家系の古代豪族の阿部氏が仕切っており、
阿倍野区と言う地名もそれが由来で付いたと言われる。
私の考察では大阪の一帯に封印を仕掛けたのは晴明であり、
私はその封印を解くために2年前の御用を行った。


本殿。
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祭神は熊野権現(伊弉諾尊、伊弉冉尊、素盞嗚尊)、八幡大神(品陀別尊)。
時代で言えば今から約1600年前の仁徳天皇の時代に建ち、
古代豪族の阿部氏が建立したと言う説も有り、晴明が生まれる前の時代からあった。
創建の伝承に対して八咫烏が登場するので、やはり裏天皇の家系の出身だろう。

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晴明の時代からもありそうな立派な大木。
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出口にはちゃんと阿部王子神社とある。
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道ゆく先に見える、あべのハルカス。
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あべのハルカスは新時代を象徴する建物である。
東京がスカイツリーなら大阪はハルカスである。
安倍晴明は一般的に「あべのせいめい」と呼ばれているがそれは有職読みであり、
実際は普通に「あべのはるあき」と呼ばれていたらしい。
そう考えると、あべのハルカスとはモロに安倍晴明ビルに思えて仕方がない。

日本一高いいビルらしいが、今後はこの辺りが日本経済の中心になるのだろう。
一方的に見れば晴明は鬼を封印した、言わば我々にとっては敵にあたるが、
未だに晴明の偉業が現代にも生きている気さえする。


B『安倍晴明神社』(あべのせいめいじんじゃ)
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安倍晴明の生誕地とされ一応、ここも阿部王子神社の境内らしい。


ここにも龍神が居たので水をかけてやった。
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安倍晴明公像。
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ここも2年前に気ているので二度目で、
2011年当時は将軍vs安倍晴明と称して封印解除を依頼していた(笑)




意外にも晴明とは仲良くなれた気がした(笑)
銅像に登ろうって晴明と肩を組もうと思ったが、
受付のオバチャンがいて計画が阻止された(笑)

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キツネのオブジェもペットのように添えてあるが、
これはキツネではなくオオカミでありレビ族のトーテムである。


本殿。
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祭神は文字通り安倍晴明。
安倍晴明を現代読みすると、アベハルアキと言いどこにでも居そうな名前である(笑)


狛犬。
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私はこじんまりとして落ち着いた神社が好きなので、ここも割と好きな神社である。
風がさわやかに吹いて木々を揺らし猛暑の中、涼しい憩いの場となった。


晴明像の顔。
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なぜ烏帽子に「8」と書かれているのだろうか?(笑)
歴史肖像シリーズでは次は晴明を描こうと思っているが、この像を基にしよう。


ここにもキツネ(オオカミ)の像が。
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前回は晴明に封印解除の依頼をしたが、おそらく承諾されたと思う。
ウイルス開発には必ずワクチン開発が伴うように、封印には必ず解除が伴う。
あれから、謎が解けた部分も多かったし運も開けた気がする。


チン電に乗る事にした。
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ここら辺一帯はなかな静かで良い場所である。
晴明が生まれた頃もこんなに静かだったのだろうか。


先程の地図に追加して昔の大阪の地図を作った。
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青が元々は海だった場所で緑が昔から陸地だった場所である。
なるほど、確かに先程の御津八幡宮はギリ陸地である。
私が前回巡った「聖ライン」と共に今回に巡った場所もこの陸地の部分であり、
それ以外は昔は海だったので、この一帯のラインに神社仏閣が立ち並ぶのと当然の事である。
この元々、大阪の陸地だった場所は「上町台地」と呼ばれる。


この地図を元に製作し、いずれも青色の部分は昔は海だった場所である。
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自身の震源地になる上町断層はまさにこの一帯に存在し、
私はこの聖ラインに封印が仕掛けられており、
このままでは封印が解けたときは大地震が起こりそうなので、
その緩和のために御用を行ったのだ。

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上町台地と言うがよくみると古代の大阪は半島であり、
地形学上はあの天橋立と同じらしい。
難波京もこのラインにあるが、半島に都を建てるとはなかなか辺鄙な事をするものである。
上町半島、大阪半島と言えようか。考えれば大阪は京都より歴史が古い。
晴明の時代でも海が近かっただろう。

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チン電の路線。赤い砂利に生えた雑草が風にゆられている。なかなか情緒がある。
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やっと来た〜。
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チン電で私の生誕地である帝塚山の付近まで来た。
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ALWAYS 三丁目の夕日みたいな風景である(笑)
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三丁目では路面電車の走る向こうに東京タワーが見えているが、
大阪のでは向こうにはハルカスが見える。


C『万代池』(まんだいいけ)15:40。
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ここも何度か気ている場所である。
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将軍と万代池(笑)
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昔、聖徳太子がここにいた龍を封印したらしいが、既に解除済みである。
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なかなか良い所である。
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この姿勢なら突き落とす事も可能である(笑)
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D『古池龍王』(ふるいけりゅうおう)15:45。
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ここは池の真ん中にある島であり、
おそらく聖徳太子は龍を眠らすためにこの島を作りここに眠らせたのだろう。
そう考えると、龍(魔物)=増水で退治=灌漑工事だった様にも思える。
しかし、太子さんも働き者である(笑)

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さっきから、もの凄い罰当たりな事をしている気がする(笑)
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青い鳥居と言うのはなかなか不気味である^^;
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平和の象徴、ハト。
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帝塚山駅周辺。
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今回は合計8キロ歩いた。
前回の大阪御用の半分の距離に過ぎないが、
同行人の友人には炎天下の中を歩かせて、なかなか大変だったとは思うがよく頑張ったと思う。
それに私ばかり写った写真撮影にご協力頂き感謝である。
しかし、あともう少し寄りたかった所があった。


駅のすぐ近くにある帝塚山古墳である。
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以前、来たときよりかは遥かに気の本数が減っている。
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E『帝塚山古墳』(てづかやまこふん)16:03。
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誰の墓かは不明らしい。
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中に入らせてほしい(笑)
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ここら辺には私が1歳まで住んでいたアパートが残っている。
不便だがなかなか雰囲気も良い場所で、いつか住んでみたいと思った。
大阪御用の場所を歩いていると何故か元気が漲ってくるので、基本的にイヤシロチなのだろう。
実は私は阪神淡路大震災の123日後に、上町断層の真上の病院で生まれている。
1995年が新時代の幕開けの年だとしたら、私は新人類第一世代である。

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帰宅。
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なかなか良い夏休みの思い出にもなったが、
まだまだ大坂は探り甲斐のある場所のようである。

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posted by 細川大将軍 at 09:26| Comment(3) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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